ニュース

ローマ教皇が「ゾンビの国・日本」に送った言葉とは?!38年ぶりの来日

38年ぶりとなったローマ教皇の日本訪問。82歳のフランシスコ教皇は日本滞在中、8回のスピーチを行いました!!

38年ぶりとなったローマ教皇の日本訪問。82歳のフランシスコ教皇は11月23日にバチカン市国からタイを経由し日本に来日した。

4日間の滞在中に各地を精力的に回り、多くの日本人と触れ合い、その心に温かな印象を残しました。

 

フランシスコ教皇が38年ぶりに来日!!

約13億人の信者がいるローマ・カトリック教会のトップ、フランシスコ教皇が23日、東京に到着しました。26日まで日本に滞在し、被爆地の広島と長崎を訪れ、核廃絶を訴えるメッセージを発表しました。

ローマ教皇の訪問は故ヨハネ・パウロ2世が1981年に来日して以来、38年ぶり2回目でした。

不安な時代を生きる日本人の心にずしりと響くそのスピーチの一部がこちら!!

人やコミュニティ、そして全社会が、表面上は発展していたとしても、内側では、疲弊し、本物の命や生きる力を失い、中身の空っぽな人形のようになっている。

(中略)笑い方を忘れた人、遊ぶことのない人、不思議さも驚きも感じない人がいる。

まるでゾンビのようで、彼らの心臓は鼓動を止めている。なぜならそれは、誰かと人生を祝い合うことができないからだ。

もし、あなたが誰かと祝い合うことができたなら、それは幸せであり、実りある人生となるだろう。

一体、何人の人が、物質的には恵まれていても、例えようのないほどの孤独の奴隷になっているだろうか。繁栄しながらも、誰が誰だかわからないこの社会において、老いも若きも数多くの人を苦しめている孤独に私は思いをはせる。

最も貧しい人に尽くしたマザー・テレサがかつて、予言的なことを言った。「孤独と誰からも愛されていないという感覚は最も残酷な形の貧困である」と。

長くなりましたが、不安な時代を生きる日本人の心にずしりと響くそのスピーチの一部を抜粋して紹介しました。

ここに現代を活くる私たちが受け取るべき意義を感じますよね。

 

大切なのは「何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」

自分たちに聞いてみよう。「私にとって、最悪な貧困とは何か?」「最もいい貧困とは何か?」

もし、私たちが正直であるならば、わかるはずだ。

最悪な貧困とは孤独であり、愛されていないという感覚であると。この精神的貧困に立ち向かうのは、私たちに求められる責務である。

そして、そこに、若い人が果たすべき役割がある。私たちの選択肢、優先順位についての考え方を変えていく必要があるからだ。

それはつまり、私たちにとって最も大切なことは、何を持っているか、何を得られるか、ではなく、誰と(人生を)共有できるかということなのだということに気づくことだ。

「何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」にフォーカスすべきなのだ。自分に問いなさい。

「私は何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」「私は誰と人生を共有するのか」を。

モノも重要だが、人(との関係性)は欠かせない。

人なしでは私たちは人間らしさを失い、顔を失い、名前を失う。私たちは単なる物体と化してしまう。

私たちは物体ではない。人なのだ。旧約聖書は言う。

「信頼できる友人は堅固なシェルター(避難所)である。見つけた人は宝を見つけたようなものである」。

だから「私は誰のために生きるのか」を問い続けなければならないのだ。(中略)

普段、淡々と生きていて気付いていないかもしれませんが、便利すぎるが故に不便に感じることも多いと思います。

そんな時代だからこそ、人間らしく生きるための本質的な部分に向き合ってみるのも大事だと思います。

カトリック教徒ではない人だって、こういう大切な言葉に耳を傾けてみるのはどうでしょうか?!

私もカトリック教徒ではありませんが。フランシスコ教皇の言葉は胸に刺さりました。なので今回はこの記事を少しでも多くの人に読んでいただけたらと思っています。

 

「世界一他人に冷たい国」日本……..?!

日本は「国は貧しい人々の面倒を見るべき」と考える人、ボランティアや寄付をする人、人助けをする人の比率が、他国に比べて極端に少ない「世界一、他人に冷たい国」である)。

集団主義のくびきからの逃避願望が強く、一人がかっこいい、他人のことなど構っていられないという極端な個人主義の傾向が強まる中、人とのつながり、人への思いやり、優しさの価値を説くことなどダサい、ととらえる向きもあるように感じる。

そうした空気感の下で、日本の孤独大国化は一気に進んでいる。世界の多くの国々で孤独は「現代の伝染病」として、喫緊の、そして最も重篤な社会問題として取りざたされ、政府や企業など社会が一体になって、対策に乗り出している。

しかし、日本では「孤独はかっこいい」「人は一人で耐えるもの」「孤独は自己責任」といった論調が非常に根強く、結果的に、引きこもりや高齢者の孤立、社会的に孤立者による犯罪、孤独死など、「孤独」に起因する多くの社会事象の解決に手が付けられていない状況だと考えられています。

もちろん、日本は素晴らしい国だと思います。

一方で、こういった目を向けられた時に、「確かに…..そうかもしれない?!」と思う人たちも少なくないと思います。

そんな時に、フランシスコ教皇が残した言葉に耳を傾けてみるのはいかがでしょうか?

個人的主観を押し付けるつもりはないのですが、現実東京のように都会では、田舎から上京した人たちは何か孤独感や寂しさを感じる人も少なくないと思います。

しかし一度ラグビーW杯を開催すれば、素晴らしいホスト国だと賞賛された日本。

2020年には東京オリンピック開催。これからも素晴らしい国であり続けてくれることを祈っています。

 

最後にローマ教皇が住むバチカン市国を紹介します。

カトリックの総本山としても広く知られているバチカン。

バチカン市国はイタリア・ローマ北西部、テベレ川の右岸にある世界最小の独立国家で、首都はバチカンです。

面積は東京ディズニーランドよりも小さく、国の総面積は約0.44km²ほどしかありません。しかし、せまい領土の中には、サン・ピエトロ広場をはじめ、サン・ピエトロ大聖堂、バチカン宮殿、バチカン美術館など、歴史的にも芸術的にも重要な建造物がたくさん肩を並べています。

ここで行われるミサは毎週行われています。

古代よりバチカンはなんらかの聖地だったと考えられています。イタリア・ローマ北西部の丘の上にあり、「ウァティカヌスの丘(Mons Vaticanus)」と呼ばれていたことから「バチカン」と言われるようになりました。

カトリック教会の本拠地となったのは、ここで殉教した使徒ペトロの墓所に教会堂が建てられたことに始まります。

その後教皇領が拡大していき、ローマ教皇庁は全盛期にはイタリア半島中部圏において、強い権力を持つに至りましたが、イタリア統一運動をきっかけに徐々に力は弱くなっていきます。

19世紀末にイタリア王国が成立すると、バチカンもイタリア領ということになりますが、当時のローマ教皇ピウス9世がそれを拒否。

教皇はイタリアとの関係を断絶し、「バチカンの囚人」と称して50年以上もの間バチカンに引きこもってしまいます。

長い折衝を経て1929年2月11日、ラテラノ条約が締結され、ようやく教皇庁とイタリア政府との関係が修復することになります。

ラテラノ条約は、教皇庁がムッソリーニ政権下のイタリアと締結した政教条約で、ローマのサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂で条約が結ばれたことから、こう呼ばれています。

教皇庁が教皇領の権利を放棄するかわりに、バチカンを独立国家とし、イタリアにおけるカトリック教会の特別な地位を保証するというものでした。こうして、教皇庁とイタリア政府との間の不健全な関係は終結し、現在のバチカン市国が誕生したのです。

 

まとめ

フランシスコ教皇が来日し、日本人に残してくれた言葉を一部抜粋した書いてみました。

これが少しでも多くの人の目にとまり、何か心の支えだったりに繋がってくれたらと思います。

私たちの子供たち、またその子供たちに良き未来を残すためにも。

最後まで読んでいただきありがとうございました。